3.5 思春期の到来と自己欺瞞
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個人の発達現象の進化や、協力における自己欺瞞、個人の抑圧、パーソナリティとヒトの配偶行動・配偶者選択との関連などについて研究している
ビクトリア時代の科学現象(特にダーウィニズム)と当時のイギリスと他の植民地、他の国家の社会現象の関連に対しても興味を持っている
ダーウィンの自然淘汰の理論を表すために適者生存というフレーズを最初に作ったハーバート・スペンサー(Herbert Spencer)は「最も価値のある知識とは何か」と問うている スペンサーにとってその答えは「科学」だった
基礎的な科学的知識こそ、人間の洞察や社会、幸福を促進するのに最重要だと考えた
スペンサーは「必然的かつ永久に真実である科学的知識は、すべての時代のすべての人間に関わるものだ」(Spencer, 1861, p53)と述べている
特にスペンサーは「生命の科学」すなわち生物学はきわめて重要であり、また、化学、物理学、地質学を含めた他のすべての科学は生命の科学の鍵であるとみなせると考えていた
生命の科学を理解する価値を最も適切に生かせる分野は心理学にほかならないだろう
生命についての最も強力な理論すなわち進化理論との統合を通じて、素晴らしい推進力と洞察を得てきた
進化心理学はヒト以外の生物世界を支配しているのと同じ基本的な理論を用いて心理現象を説明しようとする点で、他の心理学分野とは異なる
重要な理論的アイデア
進化と発達
「発達と発生学。これは、自然史全体の中でも最も重要なテーマの一つである」(Darwin, 1888, p.386) 個体の発達に関する研究が、種の系統発生についての大きな洞察を与えてくれると示唆した 数世紀の間、哲学者も科学コミュニティも、個体発生と系統発生のプロセスは、相互作用し補完し合うという考えを信じてきた しかし、ダーウィンも同時代の研究者も、個体の発達と系統発生の複雑な関係を、自然淘汰理論に基づいて十分に体系化することはできなかった(Charlesworth, 1992)
初期の発達心理学者はLamarck(1809)の観点も理論に取り込んでいたが、ラマルク主義、そして生物発生原則は、後に発生学の進展および遺伝の粒子特性の発見とともに失墜した それ以降、多くの心理学者は、人間行動の進化的な説明に目を背け、行動主義を採用するようになった Baldwin(1902)など、少数の発達心理学者は発達と進化のプロセスを関連付ける理論を提唱し続けたが、いずれもラマルク主義あるいは生物発生原則のインパクトを超えることはなかった
ここ30年、進化心理学の成長によって、発達への進化的アプローチが復興しつつある
そこで生まれた発達についてのコンセンサスは、個人が生涯を通じて経験する一連のステージは、いずれもその時点での環境状況への何らかの形の適応である、というもの ヒトの発達についての進化の知見を取り入れた理論を生み出そうとする最新の試みは、発達システム理論(Oyama, 1985; 2000)と生活史理論に立脚している これらのパラダイムは、発達上の現象と進化の間にあるリンクを検討する上で新鮮な推進力を生み出してきたが、限界がないわけではない(Surbey, 2008)
発達システム理論と進化理論の接点は、発達システム、すなわちライフサイクルは進化の産物であり、系統発生はある意味で、進化によって形成された個体発生の集積であると考える点にある 生活史理論は、生物が、成長、生命維持、繁殖にどのように投資を分割するかについての洗練されたモデル
この観点からは、生物の発達は、個体発生に対して働く長い淘汰プロセスによって形づくられ、その結果として種の生活史が存在すると考えられる
思春期の開始は発達の文脈で少なからぬ注目を浴びてきた生活史イベントの一つ 思春期開始時期は、多くの世代を経た自然淘汰によって形作られてきた、重要な生活史上の特徴で、その種や個体による違いには一定のパターンがある
血縁関係のない大人オスまたはその匂いにさらされたメスのラットは、メスのみのグループで過ごしたメスのラットよりも早く成熟する
思春期は自己概念や社会行動の変化を伴い、また、少女における初潮の早さは、早期の性行動・妊娠・非行の予測因であり、少女の拒食症や性的虐待への脆弱性を増す可能性があることからも、思春期開始時期が変動する要因を理解することは重要
私は、カナダ東部で1000人異常の女性とその母親に対して調査を行い、子ども時代に生物学的な父親が不在かつ高いストレスを受けたと報告した女性は、他の助成に比べ、初潮を経験するのが半年程度早いことを発見した(Surbey, 1990)
私はまた、ヴァーデンバーグ効果と同様に、継父のいる家庭で育った少女は、継父のいない家庭で育った少女と比べ、成熟が早いという傾向を見出した
こうした知見は他の研究者によって全体または一部について追試され、拡張されてきたし、その進化的意義についての議論や理論化はかなりの数になっている(例えば, Belsky, Steinberg, & Draper, 1991; Belsky et al., 2007; Bogaert, 2008; Campbell & Udry, 1995; Chisholm, 1999; Ellis, 2004; Ellis & Essex, 2007; Graber, Brooks-Gunn, & Warren, 1995; Kim, Smith, & Palermiti, 1997; Moffitt, Caspi, Belsky, & Silva, 1992; Wierson, Long, & Forehand, 1993)
私は父親の不在と初潮の早さの関係は、母親の初潮年齢によって部分的に説明できることに気づいた
成熟の早い女性は早く結婚する傾向と、早熟かつ父親のいない娘を持つ傾向がある
これは、初潮が遺伝的であり、また、早い結婚は遅い結婚よりも離婚に終わる可能性が高いため
私はストレスへさらされることが増えるのも、父親の不在と初潮の早さの関係を一部説明するかもしれないと提案した
繁殖を適切な環境条件下で行うために、ストレスにさらされると、通常は思春期が遅れるか、繁殖活動が停止する
しかし、特定の条件下ではストレスに晒されることにより、補償反応が引き起こされるのかもしれない
ちょうど病気や栄養失調から回復した子供で見られる追いつき成長(キャッチアップ)のように
私は、他の哺乳類で観察されるフェロモン効果もまた、父親不在あるいは継父と住む少女の思春期の早さを引き起こすのではないかと考えた このトピックに関する研究は、理論と観察の間にあるリンクについて深く広い理解を得ようと努力することが重要であると示すよい例
多元的アプローチを忘れないこと
多元主義とは、帰無仮説ーすべての現存する現象が適応的ではない、あるいは直接的に進化プロセスによって説明されるわけではないーについて考えることも含む 自己欺瞞メカニズムの機能的価値
一般に、意識と自己認識は、ヒトの進化における基軸と考えられている
自己欺瞞とは、一般に、情報を意識下に押し込め、意識に上らせなくするようなプロセスを指す ロバート・トリヴァース(Robert Trivers)は、他個体の判断を誤らせたり欺いたりすることで適応的利益を得られるならば、自己欺瞞の主要な機能は他個体をうまく欺くことであると提案した(Trivers, 1976, 1985) トリヴァースは、欺く側と欺かれる側の間には共進化闘争が存在する、つまり、欺きの頻度が増せば欺きの検出に対する正の淘汰が強まり、検出能力が広がればそれ以上の欺きに対する正の淘汰が強まる、と示唆している
自己欺瞞は、欺きを無意識に行えるようにするため、罪の意識によるかすかな兆候を取り除く(Trivers, 1985)
トリヴァースは自己欺瞞は欺きを促進するために生まれたと示唆したが、自己欺瞞は、認知負荷を減らす、家族の絆を強える、脅威となる思考や記憶を抑圧する、心身の健康を維持する、互恵的利他行動や非血縁との協力行動を促すといった、他の目的のために組み込まれたのかもしれない(Alexander, 1987; Krebs & Denton, 1997; Lockard, 1978; Nachson, 2001; Nesse & Lloyd, 1992; Slavin, 1985; Survey, 2004; Taylor & Brown, 1988) 我々が協力を促進するために自己と他者の意図について自分自身を騙すという可能性を検討すべく、私達は自己欺瞞質問紙(Self-Deception Questionnaire: Sackeim & Gur, 1978)を150人の参加者に実施し、彼らの自己欺瞞の程度を測定した(Surbey & McNally, 1997) さらに、囚人のジレンマゲームのフォーマットに一致させた一連の場面への参加者の反応を、協力傾向・非協力傾向の指標として収集した 予測通り、参加者は非血縁者よりも血縁者とより協力すると表明した
さらに重要なのは、自己欺瞞の程度の高い参加者は、低い参加者よりも、より協力的な反応を選んだ
最近になって、私は自己欺瞞とうつ、そして協力の間の関係について検討した(Surbey, 2011) この研究の主要な目的は、抑うつ的な人は、自己欺瞞と協力の指標両方が低いのかを確かめること また、自己欺瞞とうつに典型的な意識的帰属、自己欺瞞と協力促進の関係についても検討を行った
研究に参加した大学生80人は、自己欺瞞、印象操作、うつ、帰属スタイルに関する指標に回答した
協力傾向は囚人のジレンマゲーム
結果からは、予測した通り、自己欺瞞得点の高い人は低い人よりもよく協力し、また、抑うつ傾向も低いことが示唆された
自己欺瞞得点は、いくつかの帰属スタイルと有意に関連があったが、総体的なうつの症状をそれらとは独立に予測した
抑うつ傾向の人は自己欺瞞と協力の指標両方が低い傾向を示したことについて、うつの進化的意義に関するいくつかのモデル、特にHagen(1999, 2002, 2003)の提唱するうつの交渉モデルに照らして考察した 彼は、閉ざされた相互依存的社会システム、つまりグループ内全員の協力がきわめて重要な場所では、うつは、労働組合のストライキのように、利益の適正な分配を受けていない働き手の勝ちを強調する役割を果たすのかもしれないと示唆している
生産性あるいは互恵性を引き下げることによって、うつの人は集団内での自身の価値に注意を引く
これにより、うつの人は自分に有利な形で社会契約の再交渉を行うのに必要な交渉力を手に入れるだろう
自己欺瞞には、その定義上、アクセス不可能な過程である潜在意識が含まれる
それゆえ自己欺瞞を研究することは困難であり、また懐疑的にも見られがち
私の研究は自己欺瞞がヒトの心理の生得的な特徴であるという仮説を前提としている
トリヴァースは自己欺瞞を「個人内の偏った情報の流れ」と表現した(Trivers, 2000, p.114)
最近では、Kurzban & Aktipis (2007)が自己欺瞞は本質的にはモジュール性の副産物であり、そこでは、情報のカプセル化の結果として、現実と自己との間にある矛盾する表象が共存しているのだと提案している
彼らは社会的相互作用と関連した表象を貯蔵する機能を持つシステムである社会的認知インターフェイス(Social Cognitive Interface: SCI)がポジティブな自己表象を優先的に利用することで、社会的相互作用を有利に進めるように進化したと主張する このように、過剰なポジティブな表象への選択的なアクセス、あるいはよりリアルな欺きのための偏った現実の認知の結果として自己欺瞞を概念化すると、心をモジュールとして考える観点と相互に矛盾しない
しかしながら、自己欺瞞はモジュール性の単なる副産物というよりは、目的のあるモジュール性の派生物であり、情報へのアクセスを制御するメカニズムの進化の結果でありそう
ヒトの配偶者選択
ヒトの配偶者選択研究は、確立された理論である、性淘汰理論(Darwin, 1871)、親の差別的投資理論(Bateman, 1948; Trivers, 1972)、性戦略理論(Buss & Schmitt, 1993)に基づいている 私達は、潜在的な配偶相手について、攻撃的でない、あるいは親らしいと形容することが、どのように女性の配偶者選択に影響するか検討した(Surbey & Conohan, 2000)
当時すでに、男女ともにパートナーに最も望む特徴は、「親切で理解がある」ことであるという知見は確立されていた(Buss, 1989)
この知見は、こうした特性への評価には男女差がないことを示唆するが、私達は「親切で理解がある」という言葉の意味合いには男女差があるという可能性を考えた
私達はパートナーの身体的攻撃リスクの低さと親としての資質は、男性からよりも女性から、より高く評価されるだろうと予測した
一般的に男性は女性と同様の身体的危害や性的強制のリスクに直面することはないから
さらに男性は典型的な親らしさを身に着けていない女性を好むかもしれない
これは通常男性に好まれる特徴である、若さと性的な未熟さを示すから
私達は200人の大学生に、架空の異性と一時的な性的経験をしたいと思う程度について報告してもらい、配偶相手の好みについて検討した
質問紙を使い長期にわたる関係を構築する可能性について操作し、病気、妊娠、露見のリスクは全条件において存在しないものとした
加えて、架空のパートナーの魅力度、性格、行動特性にそれぞれ差をつけた
架空のパートナーは、親としての資質があるように形容されたり、身体的攻撃がないように形容されたり、あるいは何の記述も与えられなかった
予想通り、男性は女性よりもすべての条件において性交渉への高い意欲を示した
また、長期的な関係を構築する可能性は、女性の性交渉への意欲を高めたが、男性では効果が見られなかった
架空のパートナーの魅力度は、参加者全体の回答に有意にポジティブな効果があったが、相対的な魅力度の低下は、男性の反応に対して、よりネガティブな効果を示した
パートナーの親としての資質の言及は、女性の性交渉への意欲を増加させたが、男性では効果が見られなかった
架空のパートナーが非攻撃的であるという記述は、女性の意欲を少しばかり高めたが、男性の反応には影響しなかった
他の研究で、私達は、配偶相手としての価値の自己認識(self-perceived mate value: SPMV)を操作し、これが男性の配偶戦略を変えるか検討した(Surbey & Brice, 2007) 男性は一般に短期的配偶戦略に偏っていたが、それが成功するかどうかは女性の好みによって左右される
私達は男性は、自分の配偶相手としての価値が平均を上回ると認識してる場合、つまり異性への自分の魅力度が高いと思っている場合には、配偶戦略を短期的配偶に変更するのではないかと考えた
73人の参加者がSPMVと配偶戦略の選好を測定する質問紙に2度回答した
最初の回答はベースラインとして用いられた
2番目のテストセッションの開始時、参加者のSPMVをあげる操作として、参加者は彼らの配偶者としての価値について、架空のポジティブな評価を受け取った
高いSPMVと行きずりの性行動への賛同や希求は、最初のセッションで男性において正の相関が見られると予測され、男性のSPMVを上げる操作によってこの配偶戦略へのバイアスは強まると予測された
SPMVと配偶戦略の強い関係は、女性に関しては予測されず、SPMVの上昇が女性の配偶戦略を変えるとも予測されなかった
予測通り、ベースラインのSPMVの高さは、男性が行きずりの性行動を支持する程度と正の相関があり、操作によって高まったSPMVは、男性において、この配偶戦略の選択の増加と関連していた
私達の結果は、男性の配偶戦略における個人差のかなりの部分(10~20%)は、配偶相手としての価値の差異によって説明できることを示唆している
これに対し、女性ではベースラインのSPMVやSPMVの増加が、行きずりの性関係への賛同や希求と関連するという証拠はほとんど得られなかった
むしろ、高いSPMVを持つ女性は、低いSPMVとを持つ女性と比べ、より厳しい基準を課しているようだった
進化理論の歴史と国内外の心理学
中国における心理学の歴史はユニークだが、国際的な科学思潮と興味深い結びつきを保っている(Blowers, 2006参照)
比較心理学、学習・実験心理学ー進化心理学の基礎を築くのに貢献した心理学の下位領域ーは、他の地域と同様、中国でも20世紀初頭に確立された